E.T. E.T. The Extra Terrestrial

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監督:スティーブン・スピルバーグ
出演:ディー・ウォーレス、ヘンリー・トーマス、ドリュー・バリモア
時間:120分
公開:1982年
ジャンル:
SF

コメント一覧

柴田宣史 | 簡易評価: おすすめ | 見た日: 2009年10月25日 | 見た回数: 3回

指折り数えてみたのですが、んー、やっぱり3回くらいしかみてないなあ。
子供のとき、ビデオで1回。なにかのリバイバル上映で映画館で1回、で、今回。

バック・トゥ・ザ・フューチャー」とならんで、有名すぎる作品なので、最高評価はちょっと気恥ずかしいくらいなのですが、でも、こんなに出来のいい映画はやっぱりすくないでしょう。

ナイトメア・ビフォア・クリスマス」のコメンタリーで、「子供向け作品のセオリーとして、大人は顔(首から上)を見せない」というコメントがありましたが、本作でも、序盤、この「首から上を見せない」という演出が、見ている人の気持ちを揺らします。

本作のメイキングで、スピルバーグがうれしそうに「自分自身、両親が離婚をしている。この作品には、そういった自己を投影している」といっていますが、この作品では「大人」は不信の対象です。そんな中、母親だけは唯一「顔」のある存在として、存在感を主張しますが、ややなさけなく頼りない印象として存在感を出しています。

ほかの大人たちは上述の通り、顔のない存在、不気味な存在なのですが、作中、いろんな意味で惹きつけられる台詞に、「私も10歳のときから、E.T. と友達になりたかったのだ。君はよくやった」というシーンがあります。序盤、鍵をじゃらじゃらいわせている、最も正体のわからない人物が、エリオットに顔を見せるシーンで、さらっと描かれてはいるのですが、「ああ、その気持ちはいたいほどわかるよ」というほかに、(エリオットの主張を相手にしない母親に)「お父さんだったらわかってくれるのに!」というエリオットを救ってくれるような、父親だったらそういってくれるだろう、という台詞なんですね。

この「大人」という存在の「暗」から「明」への転換の構造はまだあって、

・顔:不可視 → 可視
・状況:シリアス → コミカル
・台詞:無言 → 理解

というベースラインが非常に気持ちよく、みている気持ちを押し上げていってくれていると思います。

でも、褒めちぎっておいてなんですが、E.T. はちょっと不思議な存在ですよね。
第一、なんで衣類を身につけていないのでしょう? だって異星の上ですよ。素手で現地の植物とか触ったら危ないじゃないですか。
……まあ、いいか。

散見される「スターウォーズ」のパロディも楽しいのですが、メイキングでもスピルバーグ自身が満足げにしゃべってて楽しかったです。

ヨーダが出てくるところで、ルーカスが肘をこづいてきた。気に入ったて証拠さ

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