ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 EVANGELION:2.0 YOU CAN (NOT) ADVANCE.

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監督:庵野秀明
出演:林原めぐみ、緒方恵美
時間:112分分
公開:2009年
ジャンル:
アニメ(日本)

コメント一覧

柴田宣史 | 簡易評価: なかなか | 見た日: 2024年05月05日 | 見た回数: 3回

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」の2024年5月5日の視聴履歴の事情で、イッキ見の本作。

あいかわらず格好いいんだけど、でも、今回、さほど、格好良さに魅せられるという感じではなかったかしら。

柴田宣史 | 簡易評価: おすすめ | 見た日: 2015年09月01日 | 見た回数: 2回

んー、やっぱりたいへん盛り上がるいい作品ですね。

葛城ミサトがビールを飲み干すシーン以外は、ほとんど文句をつける場所が見当たりません。

あいかわらずのおすすめで。

尾内丞二 | 簡易評価: おすすめ | 見た日: 2010年06月06日 | 見た回数: 3回

以前の記事で「映画はストーリーと映像と音が奏でる協奏曲だ」と書いた。

例えば家庭用ビデオカメラで撮られたショートフィルム。
僕はこれまで、それこそ星の数ほどそういった“自主制作映画”を観てきたが、それを作ったのがプロか素人かを判断する簡単な方法がある。音を聞けば良いのだ。

登場人物がセリフをしゃべる間だけ背景音にノイズが入ってたり、深夜に視聴する際に頻繁にテレビの音量調整をしなければならなかったりするならば、その作品はシロウトの制作物といえる。

実際に製作したのが個人だろうと会社だろうと関係ない。
音の重要性を考慮していない時点でドが付くシロウトなのだ。

もちろん、音が良ければそれでいいワケではない。
重要なのはそれらの要素が「いかに美しい和音を奏でているか」なのだ。

さて、テレビ放映から10年以上が経過している本シリーズですが、前作“序”から始まる新劇場版は製作委員会方式を取っておらず、事実上は“自主制作映画”に分類されます。

製作委員会方式とは現在の日本の映画業界に蔓延している製作形態で、早い話が映画を作るための資金を複数の企業の出資によって製作する方法であり、興業結果によって発生するリスクを回避するための手段です。

しかしながらこの製作委員会方式は複数のスポンサーが介入するため、監督が自分の実現したい映像を作れる機会を減らしてしまう。なぜならお金を出しているのをいいことに、ズブのシロウトが映画業界人にでもなったつもりで作品に注文をつけ始めるからだ。

「このセリフはちょっと判りにくいんじゃないのー?」
「このカットは削ってもいいんじゃないのー?」

そういう環境でテレビ放映版を終えても、著作権すら製作委員会に分散されてしまう始末。
庵野監督の感じたフラストレーションは想像するに余りある。

「自分が観たいアニメを徹底的に作り込みたい」

ただそれだけのピュアな願いをようやく実現したのがこの『新劇場版ヱヴァンゲリヲン』なのだ。
日本屈指のオタクの一人が、自分の思った通りに好きなだけ時間を掛けて作った最初にして本物のエヴァゲリオン。

これが面白くないワケがない。

テレビ放映版では他人の顔色を伺いながら自分の居場所を求め続けただけだった碇シンジくんも、新劇場版では一味違う。
彼は自分自身の意志で、存在価値を勝ち取るために戦っているのだ。

彼が活動限界により停止した初号機の中で

『綾波を、返せ!』

と唸るカットなどは背筋がゾッとした。
まるでゼーレ(製作委員会)の都合で卑屈なアイドルにされてしまった“綾波レイ”を取り戻そうとする庵野監督自身の叫びのようでもある。

映像のクオリティはもちろん、そのカットの切り替え・構図・タイミングと共に、音楽・効果音、ストーリーと登場人物の描写など、どれもが完璧に調律された“オタクのオタクによるオタクのための娯楽映画”。

まだ観てない方は是非とも一度ご覧あれ。
一瞬でも『面白い』と感じることができれば、今日からあなたもオタクの仲間入りです。

柴田宣史 | 簡易評価: おすすめ | 見た日: 2010年06月05日 | 見た回数: 1回

アニメを馬鹿にしてごめんなさい。
また、のぐち、佐々木くん、抜け駆けをしてごめんなさい。

すっごく面白かったです。

もう「トップをねらえ!」の最終話くらいの盛り上がりで、ぐいぐいを引っ張ってくれました。ところどころアニメ特有の気持ちの悪いステロタイプな表現がなくはないのですが、そんなものまったくこの作品の評価に影響をしません。これまでエヴァンゲリオンのファンをやってきたひとはさぞうれしかったでしょうね。

丞二に受けていたオリエンテーションもよかったのかもしれませんが、使徒、エヴァンゲリオンともに動きも大変気持ちよく、これだけでおかわり3杯はいけます。

あいかわらず、視聴者を置いてけぼりにして、なんでも知っているような人たちではあるんですが、それでもテレビ版やこれまでいくつか作られていた映画版に通底していた鬱屈とした人物像よりも、みんなちょっとずつ明るくなっていて、主人公のシンジ君なんか、3回目くらいの人生なんじゃないか、というかんじです(あ、じっさいそうか)。

おくさんともう一回みるときが楽しみです。

* * *

ちょっと加筆。

これをみた日、そのあと仕事をするつもりだったんですが、じつは本作のせいで、仕事ができませんでした。

なにか焦燥感にむずむずしつつ、しかしやる気のでない状態になってしまったのです。

でも、やるべきことは山積しているしと、今日は仕事に来たのですが、仕事をしているうちに昨日の焦燥感とやる気のなさについて、僕なりに納得ができてきました。

なんと僕は庵野秀明に対してライバル視をしていたのです。

「トップをねらえ!」は、高校の頃にみたのですが、かれこれ20年近く昔の作品です。よくわからない説得力と迫力に押されて、僕のSF好きを加速した作品でしたが、ともかくも当時はただ消費することでしか社会と接続していなかったのに対し、時間を経て、小さくはあるけれど企業で生きることで、社会に対し創造的に接続するようになったと思います。

20年前、ぼくに「トップをねらえ!」を見せてくれた庵野秀明たちは、僕が浪人、大学とのたくっている間にも、地道にがんばって、ついにここまでの作品を作るようになったと思うと、ただ見ていただけの僕と、作っていた彼らの間に、いつの間にかこんなに距離ができたのか、とショックだったのです。

そんなエラい人たちと比べるのはおこがましいのかもしれませんが、そういう気分でコードを書いていると、「こんなちょっとずつのコードを積み重ねたって、彼らの仕事の足下にも及ばない」というような気持ちに打ちのめされたのです。

ので、上半分のコメントはわりとさらっと書いてあるけど、じつはずいぶんとショックだったのだな、とあらためておもいます。

この焦燥感がうまく創造性に転化することを祈りつつ。

でべ | 簡易評価: なかなか | 見た日: 2010年05月29日 | 見た回数: 2回

2作目にしてすでに120%おはなしについていけないでべですが。それでもそれなりにまあ見れちゃうあたりが押井守との違いかなどと思ったり。「監督不行届」を愛読している身としては「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」で楽しみにしていたあたりがきちんと見て取れたので満足です。

丞二の印象的なひと言。
「やっぱりメガネっ娘(マリ)はロンパース(安野モヨコ)なんかなー」
そ、そうなん?

2回目の観賞にて追記。

ようやくみんなに追いついて気持ちよさが気持ちよくなってきた。見る段取りがわかってこれだけ違うんだから、やっぱりエヴァを知っている人が見るものなんだと再認識。カンドーできましたよ、今回は。
前回は唐突に分からないことを突き付けられて、いま目の前に起こっているこを追いかけるしかなかった。ただし「分からなくてもいい」作りになっているのでプレッシャーをかけられることもなくて、なんとなく楽しめちゃう。でもそれってイマイチ分からないダジャレに笑ってる時のような置いてけぼり感。ぼんやりした気持ち。だから登場人物が話をしている日常のシーンのほうがまだ「分かりやすいことが起こっている」ような気がして見ていられたのだけど、今回は大きな流れ(というかその前提のいろいろな設定?)が少しは掴めているので、きちんと動きのタイミングの格好よさや、登場人物のブレイクスルーの気持ちよさを感じることができました。

前作「序」がイマイチ評価の某柴田氏との観賞で「どう出るかなー?」という緊張もあったりなかったり。でもとっても楽しんでくれたようで、それも私が楽しめた一要因であったような。日本語+字幕で見たのも知識が足りてないでべには良かったのかも。

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