キスへのプレリュード Prelude to a Kiss

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監督:ノーマン・ルネ
出演:アレック・ボールドウィン、メグ・ライアン、キャシー・ベイツ、ネッド・ビーティ
時間:106分
公開:1992年
ジャンル:
コメディ恋愛

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柴田宣史 | 簡易評価: おすすめ | 見た日: 2008年10月26日 | 見た回数: たくさん

最近自覚したことに、僕はラブコメが好きだと思っていたけど、もしジャンルで好悪をいうのであれば、ホラーや SF が好きなのであって、ラブコメがそんなに観たいと思うことはない、ということだ。

僕はただゴールディ・ホーン、ダイアン・キートン、ベット・ミドラー、そしてメグ・ライアンが好きだったのだろう。たしかに80〜90年代のラブコメで、この人たちが出ていないものの方が思い出しにくいくらいだから、ある程度ラブコメを体現した人たちだけど、さりとて90年代後半から、魅力的なラブコメをあんまり思い出せない。なぜこんなことをくだくだと書くかというと、「キスへのプレリュード」はたぶんラブコメ、あるいはロマンティック・コメディではないからだ。この映画にコメディとして笑えるシーンはほとんどない(かろうじて老人とアレック・ボールドウィンがキスをするシーンくらいか?)。

メグ・ライアンが演じるリタは、色恋は知っていても、自分が生きる世界に希望を持てずにいる。社会運動に身を投じたにも関わらず、変化の手応えのない世界で、その手応えのなさが、彼女にとっての世界を無価値なものにしていく。だからリタにとっての世界は享楽的な時間を過ごす場所に過ぎず、言うまでもなくそんなところで子供を育てたいとは思えない。

しかしリストカッターが自殺未遂によって世界の淵に立つことで世界の輪郭をつかむように、リタも、その世界を失いそうになってはじめて、世界が暗い面だけでできていないことを実感する。物語のテーマは「リタによる世界の対象化」なのだ(だからこの物語で老人が獲得するものは少ない。ちょっとしたバケーションくらいのものになっている)。

メグ・ライアンは、そんな病んだ心の持ち主を演じなければならない。そして「病」というものは、なかなか演じきるのは難しい。しかし若いということが抱えている病的な性質というものがあって、常にリタの目につきまとう翳りは、観ている側を責めているようにさえ感じる強烈なものがある。そしてその陰があって、この映画のメグ・ライアンの美しさが際立つものになっているように思う。──何が言いたいのか。だんだんと自覚してきたが、僕はメグ・ライアンのファンでさえなくて、リタが好きなのだろう。

ちなみに無名の役者さんだが、老人を演じた人もかなりよい。シドニー・ウォーカー(Sydney Walker)というひとだそうだが、入れ替わっているときは、結構かわいい。

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