ホタルの光量的な半減期理解が阻害していた放射性炭素による年代測定への誤解
この文章の主語、「僕」は柴田です。
生物は生命活動において元素を改変することはない
生物の活動は細胞内の化学反応に支えられています。
まず、大事なのは、細胞内で行われることは原則、化学反応であって、あたらしい元素を作るような仕事はなされていないということです(おそらくこれから発見されることもない)。
もちろん放射能を持った元素を体内に取り込み、その放射性元素がなんらかの崩壊を起こして、別の元素に変わるということはありますが、これは細胞の仕事によっておこることではありません。
新しい放射性元素は生まれるのか?
軽い元素はたとえば太陽程度の大きさの恒星内でも核融合によって生成することができますが、鉄より上のより重たい元素は超新星爆発以上の爆発(ハイパーノバとか)等、よっぽどのことがなければ新しく作られることがないそうです(これはかなりざっくりしたまとめなので、興味のある方はきちんと調べてください)。
放射性元素は、α崩壊(Heを放出し原子番号を減じる)とβ崩壊(中性子が陽子と電子に分かれて、電子を放出し原子番号を増す)で、安定を目指し、減じて行きます。崩壊の結果、放射性元素自身が減じてゆくのです。
だからラジウムやウランみたいな重たい放射性物質は、ビッグバンのあと生成された量から、宇宙の中で減じていくと言えると思います。
放射性元素は減る一方?
まず僕は、放射性元素が、(いま、そんなに頻繁にハイパーノバなんて起こっていないと思うので)宇宙開闢から減じていく一方であれば、半減期5730年の炭素14はどうして存在しているのかがよくわかりませんでした。
生命活動で元素が作られず、膨大なエネルギーがなければ重たい元素が作られないとしたら、放射性元素はとにかく減っていく一方に思われます。
でも、そんなに単純ではないようです。たとえば炭素の放射性同位体である炭素14は、地球大気の上空で宇宙線の働きによって年7.5kgほど生成されているそうです。
空気中で生成された炭素14は、すぐに酸素と結合して二酸化炭素として大気に拡散するそうです。放射性同位体は元素としての特性が変わるわけではないので、ふるまいは普通の炭素12と変わらないからです。
ホタルの光量的な半減期理解
ときどき半減期の説明として、ホタルの光量的な半減期の説明を見かけます。頭では、僕はそれはおかしいと思っていたのですが、振り返ってみると、理解できていませんでした。簡単に触れます。
たとえば1000コの炭素14(陽子6コ、中性子8コ)があったとして、半減期は5730年。5730年経つと、1000コの炭素14のうちおよそ500コ程度がβ崩壊をして窒素14(陽子7コ、中性子7コ)になる。次の5730年では、まあ250コ程度になる。
これが半減期です。
ホタルの光量的理解とは、一つの炭素14が放射線を出す能力がどんどん減じて行き、1000コの炭素14が、一斉に放射能を弱めていくような理解モデル。最終的に放射能を失った炭素14が別の元素に変わる。
半減期理解が間違っていると、あたかも一つの放射性元素がその寿命の中でたくさんの放射線を出すようですが、そうではなく、(炭素14に限って言えば)一回のβ崩壊で窒素14にかわった「もと炭素14」は、それ以上放射線を出すことはない、ということです。
なんで僕が炭素14による年代測定を理解できなかったか
僕が炭素14による年代測定を理解できなかったのは、ふたつの誤謬によるものです。
ひとつが「放射性物質は自然には生まれず、減じていく一方」だという理解。
ものすごく巨視的に見れば太陽の活動はいつか終わるし、かんぜんな誤謬ではないのですが、とりあえず身近に新しく生まれないというように考えていました。
炭素14が植物に取り込まれ、減じていくとする。しかし、大気中の炭素14の崩壊率と、植物内の炭素14の崩壊率は、スタートラインが一緒だったら、いつ計っても、同じになるんじゃないの、と思っていました。
ここには、じつはもう一つの誤謬、「ホタルの光量的な半減期理解」が、影を落としています。
表にするとこう。
0年 | 炭素14誕生 |
---|---|
10年 | 植物Aが0年に生まれた炭素14を取り込む |
20年 | 植物Bが0年に生まれた炭素14を取り込む |
0年に生まれた炭素14の半減期は植物Aも植物Bも同じなので、植物Aの死体(あるいはそれを含んだ物質)の放射能を測定しても、植物Bの死体の放射能を測定しても、0年に誕生した炭素14の半減率をしらべても、AとBの違いはわからないのでは、と思っていたのです。
でも、きちんとした半減期理解では、この誤解は生まれるはずがないのです。
年代測定のさい、植物の炭素14の半減率なんて調べてない──というか、ある炭素14がいつ崩壊するかなんてわからないんですね。僕の誤解は、「この炭素14は、生まれてから200年程度経った炭素14」みたいなことが、放射能を測定するとはかることができるという、たいへんトンチンカンなものだったのです。いわば、信長が10歳の時のしゃれこうべです。
植物が生きている間、二酸化炭素と水と光を用いて、二酸化炭素から炭素を取り出し自分の身体に取り込んでいきます。生きている間は取り込み続けますが、死ぬと取り込みが終了します。端的に言えば、そこから炭素14は、植物の身体において減じていく一方です。だから、炭素14の数を数えれば、どれくらい減っているかによって、年代測定ができる……というわけです。
ちなみにこの測定を支えているのは、自然の生物圏において、炭素14の存在比率が1兆個につき1個のレベルで一定に保たれているという事実です。
よかった本
放射性炭素年代測定 - Wikipedia にも、はじめからそう書いてあるのですが、根っこの理解が追いついていないと、読み解けなくなっちゃうんでうすね。
この理解が進んだのは、菊池誠さんの『いちから聞きたい放射線のほんとう: いま知っておきたい22の話』を読んだからです。どちらかというと、福島の事故の後に放射線に関するいろいろな情報が飛び交ったのに対して、共有できる科学的事実はこうだよ、というのを説明した本だと思うのですが、僕みたいな「下手の理科好き」にとってもわかりやすい本でした。
半減期についての説明は書籍のわりと冒頭、ライブ会場でのコイン投げのメタファーがわかりやすかったです。おすすめの本ですよ。
ジャンル: 自然科学